連載小説 ブログトップ

décadence 第1話 [連載小説]



 母さん、貴女は元気だろうか…。

 まだ、若かった貴女が、何とか俺を育ててくれた。幸せな時は、俺を抱きしめながら、夢のような話をたくさんしてくれた。ずっと欲しかったおもちゃを買ってくれる約束。コマーシャルで流れてた、おまけ付きのお子様セットをレストランに食べに行く約束。…俺は貴女の膝の上で、約束が果たされる日を心待ちにしていた。
 貴女に連れられていったレストランには、知らない男の人が待っていた。不自然な口紅をつけた貴女と、その男の人の顔を交互に見比べながら、心に孤独と寂しさが広がっていった。それでも俺は、無邪気な子供を装い、おまけのおもちゃを必死にいじり続けた。

 数日が過ぎて、貴女は不機嫌な声で家に帰ってきた。俺は、寝そべってテレビを見ていた。貴女は、寝そべっているただそれだけのことに、烈火のごとく怒った。まるで狂ったかのように、何度も何度も俺の頬を平手で叩いた。俺は何が何だかわからなかった。ただ、貴女の手は止まることを忘れているようだった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 俺は謝り続けていた。その「ごめんなさい」は、途中から嗚咽になった。貴女が手を休めるまで、俺は涙を流して謝り続けた。
 しばらくして、憑き物が落ちたように、貴女は崩れ落ちた。そして、声をあげて泣き出した。その姿を見て、俺は不安で…、とても不安で…。自分が泣くことすら忘れた。俺は急いで洗面所からタオルを取ってきて、貴女に渡した。俺は冷静になるしか方法がなかった。ジーンと熱く火照った頬に手を当てた。口の中が生臭い、…血が流れてる。その時、自分の口が切れていることに気付いた。泣きじゃくる貴女を見つめながら、俺の口の中に痛みが広がっていた。

 貴女はまだ若すぎたから、恋人もなしで俺と二人の人生に向き合っていく勇気はなかったんだろう。一番強烈な、あの出来事以来、何度も同じようなことがあった。そのたびに俺は言いようのない漠然とした不安に襲われた。
 俺が高校を卒業すると、貴女はすぐに再婚した。そして、それ以来、貴女と俺は別々に生活している。今では、数年に一度会えば良い方だ。独りで生きることには、すっかり慣れた。ただ、俺には貴女からいつも聞きたかった言葉がある。…何度も聞こうと思った。そして聞けなかった、大切な言葉が…。



 俺には彼女がいる。いつも俺の部屋にやってくる。そして、俺の身の回りのことを、頼みもしないのにやっている。今も、台所でメシを作っている。俺は、そんな彼女の後ろ姿を、さっきからずっと、ただぼんやりと眺めている。
 …好き、ではない。彼女のことは別になんとも思っていない。今まで何度もそう思った。思っただけで口に出さなかったのは、特に別れる理由もないからだ。
 行きつけの飲み屋で知り合った彼女。酔った勢いで、キスをした。思ったより、気持ちのいいキスだった。この女、遊んでるんだろうな。すぐにそうわかるようなキスだった。でも、そんなことはどうでもよかった。ただ、そんな出会い方をした彼女が、こんなに俺に真剣になるなんて、考えもしなかった。
 また、へたくそなメシなんだろうな。ちゃんとメシ作ったことあんのかよ。俺は、ガキの頃から自分でメシ作って食ってんだ、何度も聞かせただろ。まったく、鈍いやつだ。

 一人で幸せにひたっている彼女を見ていると、だんだん腹が立ってきた。

 お前、自分のエゴで俺にメシつくってんだろ。自己陶酔なんだろ。気付けよ、偽善者!

 心の中で悪態をつく。そしてその思いが、どんどん広がっていく。

「チャーハンできたよ」

 嬉しそうにチャーハンをテーブルに並べる彼女。俺がしぶしぶ席につくと、媚びたような歪んだ笑顔で俺を見ている。心には俺の苛立ちがさらに加速している

「いただきまーす」

 彼女の声につられて、俺はチャーハンをスプーンですくい、口にふくんだ。

 まずい。猛烈な吐き気がした。

「ペッ」

 今、口にふくんだばかりのチャーハンを、思わず吐き出した。

「ひどーい」

 彼女が、甘えたような声で俺に言った。その瞬間、さっきから溜まっていた怒りが爆発した。

 俺はチャーハンの皿を床に叩きつけた。大きな音がした。彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出すのが見えた。その情景がスローモーションを見るみたいに、妙にゆっくりと動いていた。だが、怒りは別のところから湧き上がってくる。俺は、その気持ちを抑えるやり方がわからなかった。

「帰れよ!お前は鈍いんだよ!ウゼーよ!」

 彼女は、ただ泣いていた。



     …To Be Continued.




This is Rock

This is Rock

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: トランジスターレコード
  • 発売日: 2009/02/16
  • メディア: CD



連載小説 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。