にっぽんご [短編小説]
「ぶらんこだー
うえむくと そらぁー
したむくと つちぃー
ふあーんてして、ぶはぁってして
きもちかったから、オレぶらんこ すきっ」
我が家には、日本語ならぬ『にっぽんご』を使う子供がいる。
空には、真っ白な雲。ちょうど、ソーダ水に浮かぶ泡のような雲。大地には、芽吹いたばかりの緑。ビー玉を転がしたように鮮やかな色の花。
「オレ、もう1ねんせいだから、今日、班きめがあるんだ」
そして帰宅。
「こうちゃんが1ぱんで、大ちゃんが6ぱんで、
オレ、12ぱん!」
「え、12班じゃないの?」
「ちがうよ、12ぱんだよ。ぱんちょうサンは6年だし。かっこいくね」
皮の香りのする、おろしたてのランドセル。傷ひとつない、ぴかぴかのランドセル。大きな名札にひらがなで書いた名前。黄色い、交通安全のバッジ。
月曜日は、身体より大きな手提げ鞄を持って、学校へ通う。
またある時は、時間の概念さえ、自由自在だ。
「ただいま~、オレ、でかけるよ。今日、エミちゃんと約束してきたし。2時にね、公園で待ち合わせなんだよねぇ…」
ちょっと待て!今日は5時間授業のはずだ。ということは、こうして帰ってきた時点で、もう3時近いはずだ。
部屋の隅で、カチカチと音を立てて回る置時計の秒針。窓から吹き込む風に揺れている、机の前の時間割表。
「今、帰ってきたばっかりでしょ。それで、今は何時なの?」
「時計だって読めるしぃ、えっとね、3じ。…ええぇ、ほんとかよ~、3じかよ~」
いや、ちょっと待てよ。お前だけじゃない、エミちゃんだって、家に着くのは3時だろ。
「やばいよぉ、オレ、公園いってくるからー」
人の話なんてまるで聞かずに、膝小僧のかさぶたを引っ掻きながら、シャツをズボンから出して、大慌てで飛び出していった。
まだ高い太陽が、地面つくったちっちゃな影。近所の家や、木々の影と交じり合いながら、公園の方へと消えていったちっちゃな影。
日本語のようでいて、微妙に違う、ピカピカの1年生があやつる不思議な言葉『にっぽんご』。そして、時代を超えてそこにある子供のいる光景。
いつかこの子達も、大人と同じ日本語を話すようになるのだろう。大人が使う言葉を真似て…。
…Fin.
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