鬼哭啾々 Kikokushushu [短編小説]
昨日、
朋美の掲示板に
陵くんのことが書かれた。
ついに、陵くんが…。
私は、目の前が暗くなった。
少し、眩暈がした。
陵くんは、同じクラスの男子。明るくて、よく話す、クラスの中心的存在だった。
そして、大きくカールしたふわふわのまつ毛が魅力的な男子だった。
陵くんのことが好きだったのは、私だけじゃなかったはずだ。
朋美の掲示板は、クラスの半分以上の人が見ていた。
そこに名前が書かれた人は、次の日から「消され」た。
「まぢウザイんですけど。
消えてくんない?」
普段は、誰にでも明るく愛想のいい朋美。
その朋美が、すれ違いざまにボソッと呟くと、その日の晩には掲示板に名前があがる。
来た…。
その瞬間、誰もが息を飲む。
背筋が凍るような瞬間。
そこに書かれた名前が、自分ではないことにホッとする。そして、あまり仲のよくない人だと、安堵する。
今度は陵くんだ。
私は落ち込む。いつも斜め後ろから見ていたあのふわふわのまつ毛が、明日は湿っているかもしれない。私はどうすればよいのだろう?
陵くんの事を無視しなければ、次に名前を書かれるのは、
…きっと私だ。
陵くんは、
正義感の強い人だった。
以前、恭子の名前が掲示板に書かれた次の日、恭子の周りから友達が消えた。
いいえ、「消され」たのは恭子のほうだった。
恭子はいないものとして扱われた。配布物も回ってこない。誰も挨拶をしなければ、恭子の挨拶に応える人もいなかった。
…ただ一人、
陵くんを除いて。
「お前ら、なに陰険なことしてんだよ!」
陵くんの正義感が炸裂する。そして、次の瞬間、
「はぁ?
まぢウザイんですけど。
消えてくんない?」
朋美の呟きが、
静かに流れた。
誰かが、朋美を止めなければならない。みんな、そう思っているはずだ。クラスの中で、こんなシカトが楽しいのは、ごく一部の人だけ。私たち他のみんなは、自分が「消され」るのが怖くて黙っているだけ。
陵くんの正義感は、
私たちの密かな希望だった。
一夜明けて、朝の教室では、悪い方の予感が的中していた。誰も、陵くんの挨拶には応えられなかった。
いつも通り、明るく大きな声で、
「おはよう!」
と、言いながら教室に入ってきた。
誰が一番先に応えるか…。
みんなが様子を伺った。
誰かが陵くんに、
「おはよう!」
と、言い返すことができれば、堰を切ったように挨拶が交わされ、いつもの朝になった、
…はずだった。
朋美が、教室を静かに見回していた。
その、あまりに鋭い視線で、みんな息を飲んだ。
陵くんの「おはよう」は宙に浮いたまま、
朋美の視線で「消され」た。
そして、
陵くんはシカトされた。
始めは、いつもの強い口調で、
「お前ら、
何やってんだよ!
なんで、
朋美の言いなりなんだよ!」
と言っていたが、誰も答えなかった。
私も、喉もとまで声が出かかっているのに、言葉にならなかった。
ツギハオマエガキエロ…
頭の中に、
低くて暗い声がこだまする。
陵くんの問いかけに答えたいのに、できなかった。私まで、イジメられてるようだ。辛い、苦しい、…泣きたい。
いいえ、泣きたいなんて、そんな単純な気持ちじゃない。
単純に泣いたり、笑ったり…。それだけで過ごせた日々が懐かしい。
今の私には、泣いても怒っても、どうしようもない無力感が襲いかかる。そんな無力な私の心が、一番私を苦しめてるんだ…。
きっと同じ思いをしてる人は、他にもいるだろう。いいえ、今日だけじゃない。恭子の時だって、その前だって、友達を突然「消され」た人がいたはずだ。
悲しかったのは、
一人だけじゃなかったんだ…
そんな簡単なことに、
私は今、気づいた。
でも…、
ツギハオマエガキエロ…
…何もできない。
…Fin.
鬼哭啾々(キコクシュウシュウ)
=恐ろしい気配が漂うこと。
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